アスラン編集スタジオ

「何もない」と思っても、本当は何もないところに「空」があります。

大栗道榮

「空」という言葉に込められた意味

般若心経は、たった262文字の本文の中に「無」という字が21も出てきます。
そして「空」は7回、「般若波羅蜜多」が5回も出てきます。

そこからわかるように、人間の肉体も何もかも(般若心経では、あらゆる物質を「色」という言葉で表しています)、
必ず「無」になるということを教えています。
つまり「諸行無常」ということですね。

ただ、「何もない」と思っても、本当は何もないところに「空」があります。
「空」とは何かというと、「目には見えないけれども、エネルギーがいっぱいつまっている」ことを意味しています。

最新の科学を見てもわかりますが、世の中のあらゆる物質元素のうち、目に見える元素はたった4%しかありません。
あとの96パーセントは、何もわかっていないけれど、エネルギーのかたまりであるというわけです。
それを仏教では「虚空(こくう)」と表現しています。

「虚空蔵(こくうぞう)」という、「いっぱいエネルギーが詰まっている」状態を指す言葉があって、
無限のエネルギーを持った「虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)」という仏さまの名前もあります。
例えば数学を考えても同じです。昔のインド人は「ゼロ」を発明しました。
「ゼロ」は「空」のことです。そして、1も1兆も、すべての数字は「ゼロ」から生まれます。

つまり、「空」の中からは何でも出てくるということです。
それを理解することが、心にこだわりのない気持ちになり、悟りの境地に入るための第一歩です。

菩薩になるには、修行が必要

もっとも、ここまでのことは、「般若心経」を扱ったいろいろな本にも書かれています。
だから問題なのは、「私たちはどうすればいいのか」ということです。

私たちは、悟りを求めて菩薩にならなければなりません。
そのためには、「般若波羅蜜多」という行をする必要があります。

お釈迦さまは「般若波羅蜜多行とは何か」を考え、
「布施(ふせ)」
「持戒(じかい)」
「忍辱(にんにく)」
「精進(しょうじん)」
「禅定(ぜんじょう)」
「智慧(ちえ)」
という6つの菩薩行をやらなければいけない、
その中の1つでも2つでもやれば、完成された人間になれると説きました。

私が本書で伝えたかったのも、まさにそのことです。
つまり、「内容を理解するだけが般若心経ではないんだよ。実際に行動しなければいけないよ」ということです。

周囲を見渡しても、「人に会ってあいさつをしよう」と言っても、
本当にあいさつをしている人は少ないのが現実です。
「いただきます」「ごちそうさま」がきちんと言える人も、多くはありません。
だから、何か一つでもやろうというのが、私の説く般若心経なのです。

わかりやすい言葉で書く

このようなねらいを、本書ではやさしく書こうと心がけました。
中学生にもわかるような内容を念頭において、文字を大きくしたり、ルビをたくさんつけました。
本書の終わりのほうには、付録も付けています。
とくに「仏さまの拝み方」などは、
「今まで知らなかったので、とても勉強になった」という声を聞いています。

「仏さまの拝み方」では、
お経を唱える前に懺悔をすることが大切であると書いています。
仏教でもキリスト経でも、すべては懺悔することから始まります。
「今までたくさん悪いことをしてきました。もう二度とやりません」
という誓いから、拝むという行為が始まります。

だから、般若心経を唱える前にも、
まず懺悔をすることを忘れないでいただきたいと思います。

また、本文中に「人生訓」がたくさん出てくると思いますが、
これも何千とある言葉の中から時間をかけて選び抜いたものです。
ぜひ1つひとつ味わってほしいと思います。

ありがとうございました。
著者略歴

おおぐりどうえい

高野山真言宗傳燈大阿闍梨 大僧正
1932年徳島県に生まれる。中央大学を経て、高野山専修学院を卒業。
1977年東京代々木に大日寺を建立。
傳燈大阿闍梨として僧侶指導にあたるほか
「働きながら密教僧になれる、大栗道榮の密教塾」
を主宰し、密教を生活や経営に活かす道を広く説いている。
また、日本ペンクラブや日本文藝家教会会員としての顔を持ち、難解な仏教をやさしく解説することで定評がある。
最近では、横浜カルチャーセンター「密教入門」講師なども勤める。

PAGE TOP
PAGE TOP